「本丸御殿、金シャチ横丁、リニア中央新幹線・・・。 やがて円頓寺界隈が、名古屋の中心になるであろう。」
「本丸御殿、金シャチ横丁、リニア中央新幹線・・・。
やがて円頓寺界隈が、名古屋の中心になるであろう。」
徳川家康である。円頓寺界隈にて410年ぶりに幕府を聞き、新名古屋めし「円むす」を開発いたした。
皆のお陰で販売目標の3000食を突破し、現在も参加店舗を増やし続けておるぞ。
この円むすとは食べ歩きのできるものが中心で、名古屋駅から歩いて名古屋城を訪ねる道中に楽しんでもらいたいと願い考案したものじゃ。
「振り返れば、苦難の連続じゃった。」
7月出日の閉幕の日は感慨深かった。数ヶ月の準備期間は大きな別の戦や、海外への単身遠征など重なり時間もなく、さらに苦難の連続であった。
しかしこれらの思いも一気に吹き飛んだのが幕府を聞いたこの日。
そしてこの日より幕府は歩みを始めた。
「『殿』と呼ばれる喜び。」
円頓寺界隈のものたちに「殿」と初めて呼ばれた時が一番嬉しかった。
やはり皆に必要とされるのが大前提。「盛り上げてやろう」とおこがましき考えではならんのじゃ。
皆が我が活動を認め、参加する体制が整って初めて「円頓寺幕府将軍計画」である。
それが活動を通じて街の者と出会い、今ではどこを歩いても馴染みの顔が浮かぶようになった。どの顔も儂にとって大切である。
「3000 食の目標を達成。」
円頓寺幕府の者達の協力のお陰で3000食を期限を数ヶ月残して達成できた。やはり結果を出さねばと思っておった故に誇らしい気分である。
わしにとっての地元愛とは、自分探しである。地元を知り愛着を育むのは、己が自身を知ること也。それに気がつけば嘘偽りのない自分を見つけることが出来るであろう。
「江戸幕府を超える、幕府に。」
円頓寺幕府を永く続けてまいる。江戸幕府264年を超えてまいりたい所存である。
大事を成すには時聞が掛かる。大きく成功を収めるその日まで怠らず参る。
この一年は我が自身でも驚くほど皆のお陰で満足の行く活動となった。
しかしまだまだ種まきの段階である。収穫までは時聞がかかるが地道に地道に一歩ずつ。
大小の催しに参加してくれた皆々よ、誠に大儀である!派手さは無いが、じわりと楽しい催事を定期開催して参るでな。
「全国を席捲する名古屋めしブーム!」
いやいや食文化とは面白いものじゃ。わしが愛した『八丁〔豆〕味噌)」、
信長殿の「濃い味付け」、秀吉殿の川魚料理が、いつの間にか「名古屋めし』と呼ばれておるそうではないか。
わしも今回、円頓寺・四間道界隈に幕府を聞き、「円むす」という新名古屋めしをつくった。「円むす」で全国制覇じゃ。